ぐっちょむの社会復帰にっき

発達障害や躁鬱病と一緒に生きる僕の道のり

お久しぶりです。再開にあたって近況報告など。

長らくお休みというか放置していたこのブログですが、ぼちぼち再開しようかなと思います。かなりのあいだ放置していたので、まずは現状の診断やら生活やら、これまでのあらすじやらから書いていこうと思います。
 
近況なんですが、今は日暮里で静かなシェアアパートに暮らしながらフリーランスのWebエンジニアとして働いています。仕事があったり無かったりで大変ですが、どこか腰を据えられる職場に巡り合うまでは武者修行として色んな現場を見ようと思っています。先ほど、静かに暮らしていると言ったものの、相変わらず年に何回も自分や周囲に事件が続いているのは昔と変わりません(笑)
 
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それでは診断の代わりとして、ここは闘病ブログらしくいま飲んでいるお薬から書いていきましょう。
毎日飲んでいるのが
- ラミクタール200mg
これに加えて頓服が不安時、不穏時、不眠時にそれぞれ
- リスパダール液1〜2ml
- レンドルミン0.25〜0.5mg
と処方されています。
 
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それぞれに軽く解説を行います。
 
エビリファイは量によって気分を上げたり抑えたりと効果が変わる面白い薬なんですが、僕は少量で気分を上げるために飲んでいます。
 
ラミクタールは気分の波を抑える薬で、どちらかというと気分を鎮めるよりは持ち上げる作用が強いとされています。200mgは少し多めなので50〜100mgまで減らしたいところです。
 
ストラテラは認可が下りてから比較的新しい薬で、ADHDに効果があるとされています。服用してからは確かに集中力が高まり、衝動性が落ち着いたように思います。また、人の話を落ち着いて聞けるようになり会話がスムーズに進められるという効果も感じました。
 
リフレックスはレメロンという名前でも販売されていて、NaSSAという新しい種類の抗鬱剤です。鎮静作用もあるとされているようで、僕の場合は抗鬱作用よりも衝動性を抑える作用への効果を感じています。それと、性欲が消えました。
 
常用している薬はどれも何らかの抗鬱作用と鎮静作用があり、それぞれ別の役割を持ちながら僕の症状を一つ一つ抑えてくれていると感じています。この処方は基本的に気分を持ち上げる方向を強めに出しているようです。
 
頓服の方ですが、レンドルミン入眠困難時、ロヒプノール中途覚醒や早期覚醒が多い時、レキソタンが不安時、リスパダール液が不穏時に飲むよう処方されています。
 
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ここからは薬を飲んで改善した症状、現在も困っている症状を書いていこうと思います。
 
改善した症状についてですが、気分の大きな変動はおととし頃から収まり、衝動性や非常識な言動はこの半年でだんだん収まってきました。実際に周りの人たちに言われることもあるので確かに効果が現われているのだと思います。
 
以前は気分が大きく落ち込むと何もできなくなり、予定を全てキャンセルしたり会社に行くのも難しい状態になっていました。薬だけのおかげではないのですが、おととし辺りからはそこまで大きな波がほとんど来なくなっています。薬以外には抑うつ状態への対処法が自分の中で確立したことや、認知療法を意識したことなどが改善に繋がったように感じています。この対処法に関してはまたの機会に別の記事で詳しく書こうと思っています。
 
しかし、気分の波が落ち着いてきたら今度は、衝動性や注意不足に、集中力の無さや破天荒な言動などが目立つようになりました。こちらには恥ずかしながら投薬以外になすすべが無く、ストラテラの服用を始めてからやっと抑えられるようになりました。ストラテラは成人ADHDの方にはぜひともおすすめしたい薬です。
 
そして最後になりましたが、未だに困っていることについて書こうと思います。
 
双極性障害による気分の波や、ADHD傾向による多動と注意欠陥や衝動性など、これらをある程度は抑えることができつつありますが、最後に立ちはだかり続けている問題が職場でのコミュニケーションです。僕は雑談や日常会話や社交の場であれば、少し変な人だとは思われたりするもののなんとか上手くやれていると言ってもらえることも多くなりました。
 
しかし、相手の指示、連絡の意図、こちらの報告、相談の要点、などを厳密に伝える必要のある業務連絡では全く手応えが無く、それどころかどんどん自分のダメなところや粗が見えてくるので参ってしまいます。ITエンジニアはチームで一つの製品やサービスを開発するお仕事です。なので、チームワークで業務を進められるコミュニケーション能力が重要になってきます。
 
実際に、複数の職場で別々の同僚たちから「話の要点がわからない」「私が伝えたいのはそうじゃなかった」というような指摘されることが多々あります。
 
要するに、僕が説明すると話の文脈などが抜け落ちている分かりづらい連絡や相談を行ってしまい、相手に何の話をしているのかを全く伝えられないことがしばしばあります。また、相手からの伝達の場合も、指示された作業が解決する問題やそれにはどういう意味があるか、などを上手く汲み取れないために作業の失敗を招いてしまいます。
 
これは薬でどうにかなる問題ではないと考えているので、自分の失敗を記録して見返したり、話し方の技術やコミュニケーションのイロハを本などから学んで訓練を重ねるほか無さそうです。
 
最後の最後に立ちはだかった壁がこれまでで一番険しい道のりに思えて、まるでゲームのラスボスのようだなと思ったりしてしまいます。
 
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長くなりましたがお読みいただきありがとうございました。
これにて改めて僕の疾患に関する自己紹介とさせていただきます。
 
それではまた次の記事でお会いしましょう!

試しに遺書を書いてみた

死ぬ予定は無いので!!!試しに書いただけです!!!

皆様すみません。僕はもう生きるのが嫌なので死ぬことにしました。いままでお世話になったのにこんな形で人生を終えることになってしまい本当に申し訳無いです。しかし私は死にました。もうどうしようもなく嫌だったのです。

 
死に至るまでの経緯を説明させていただきます。長くなるので興味のある章を読んでください。人生を振り返る部分は正直どうでも良いと思いますが、自分の言葉で記しておきます。
 
まず小学生時代。
あの頃の僕は何も考えず、自己中心的な子供でした。自分を悪く言われると殴りかかっていました。高学年になるにつれからかわれたり集団的に暴力を受けたりすることもあり、とても辛い時期でもありました。しかし友達もいたので楽しく遊ぶこともありました。でも、そんな友達に仲間外れにされて傷付くこともありました。楽しい記憶もたくさんあるけどこの時期に人は自分のことを気持ち悪いだとか面白くないだとか思のだと考える様になったきがします。話が変わりますが授業中にトイレに行くと言って水を飲んだりして授業をサボったりすることがありました。
 
中学時代は小学生の頃の反省からあまり喋らない大人しい人間になりました。小学生の頃はテストで100点を取るのが当たり前だと思っていたのだけれど、塾に通い始めて勉強の出来る人間の通うクラスに入ったり、自分の偏差値を見たりして自分は勉強のできる人間なのだと自覚する様になりました。天狗になってました。阪大か京大に行ってエンジニアになることを目指してました。それなのに家では勉強せずにゲームばかりしてました。勉強をしなくても成績が良かったので天狗になっていました。そして進学校に合格しました。小学生の頃からの続きですが、課題をサボったりするために嘘を付いたり仮病を使うこともありました。
 
高校時代。
県立畝傍高等学校では地元(市内)で自分を馬鹿にする柄の悪い友人とはおさらばして新しい環境で新しい友人と新しく楽しい生活をしようと意気揚々でした。所謂高校デビューというやつです。僕は地元の柄の悪い友人を見下していました。奴らは勉強もできないしモラルも低いし人間として酷いと思ってました。それに比べて高校は平和だと喜びました。でも半年ほどして元気が無くなりました。思えば躁鬱病の始まりだったのかもしれません。テンションが上がらないが口癖で何もやる気の出ない日が続きました。 何度かのテンションの上下を経て、成績の下がり続ける自分に嫌気が差して、死にたい死にたいと思いながら寝込み仮病し通院する日々に入りました。本当に何もしたく無かった。でも高校を卒業する直前に自分が考えてた、良い大学で勉強してエンジニアになる方法以外の生き方をしても良いんだと、色んな人のおかげで思えるようになって、気分が楽になり開放された。
 
大学時代は友人に恵まれました。それまで碌にできなかった人との会話も拙いながらできるようになりました。人並みに人望を得ることも失うことも、挫折も楽しい経験もさせてもらえました。良い人に囲まれて楽しい大学生活を送りました。でも性根が腐っていたのでだらしのない異性関係を築き、破滅しました。そして大量服薬でICUに運ばれました。そんな大学生活です。良い時代でした。あとの詳細は後述するmixiのアカウントとパスワードから見てください。
 
大学を出てから。
しばらくアルバイトの掛け持ちをしていました。でも先の見えない日々に躁鬱の波が加わって日に日に死にたくなっていきました。首吊りも試しました。でもギークハウスに拾ってもらえて寿命が伸びました。ツイッターで◯ちゃんに出会って、◯◯◯さんにお世話してもらって、◯◯さんにアルバイトをもらって、◯◯に仕事を手伝わせてもらって、友達がたくさん出来て、とても楽しい生活を送ってます。あのままだと2012年を迎える前に死んでいたと思います。ギークハウスに来て、やっと本当の居場所が出来たと思いました。
 
自殺を決意するに至った心境について。
端的に言うと自分が嫌いだからです。世の中に意味も価値も見出せないからです。生きるのなんて辛いだけで本当に嫌になりました。夢はありました。でもそんなことに価値なんて無いって思うと虚しくて虚しくて。
 
周りの人は本当に良い人しかいないです。環境も最高です。両親、親族、友達、みんな良い人ですり幸せ者です。
 
家族も親族もとても良い人。いい友人に恵まれて家も仕事ももらった。友達もたくさんいる。楽しいイベントにも誘ってもらえる。頼りにしてくれる人もいる。夢も目標もやりがいのある仕事も趣味もある。でも死にたい
 
なんで死にたいんやろ。。ごめんなさい…。ごめんなさい…。

お薬のもらいかた

ご無沙汰してます。およそ1ヶ月半ぶりの更新でしょうか。どうせ更新はツイッタで告知するしなどなど思ったり精神的に調子が安定しなかったり色々あってサボっていました。閉鎖も考えてましたがまた続けたいです。まぁあんまり期待せず。

ちなみに今回の記事はこちらの記事にインスパイアされてます。http://d.hatena.ne.jp/todesking/20110102/1293902163

医師に何を伝えるか

さて、これは初めに通る関門です。症状が分からないと医師も薬を出せません!

メンヘラ諸氏は喋るのが苦手な人も多いはず。しかし非常にも病院は症状を訴えなければ適切な治療を受けられないどころか的外れの薬を投与され意味不明な副作用(白内障やジスキネジア)などを喰らうという「金払って病名増えてなんじゃこりゃー!」という最悪な結末もあり得ます。だからできるだけ正確に症状を訴えましょう。

症状の伝え方

作り方が2通りあります

まずはメモを作りましょう。口頭で医師に伝えるのには限界があります。メモの作り方ですが、いつかの記事に書いた通りツイッターのログを確認するのも一つの手です。まぁ普通は日記が一番だと思いますが…(笑) そしてまずは自分で箇条書き+注釈のように纏めます。”まずは”と言ったのは次のステップがあるからです。省略してもいいんですけどね。で、出来れば作ったメモを近しい人に見せましょう。自分でも気付かない症状があるかも知れないからです。あと原文では伝わりづらかったりする表記を訂正したり出来ます。

で、2通り目。いきなりメモ自体を他人に作ってもらいます!というのも、私は次々と嫌な思い出のフラッシュバックに襲われて号泣してしまいメモどころでは無くなったからです。なのでそうでなくても書くのが苦手な人は誰かに書いてもらったものを追記するスタイルがオススメです。

今すぐ伝えるべき症状100選〜2012〜

100個もあるわけ無いだろ…。これはあくまで参考までに。

当たり前ですが症状の度合いにより薬の種類と量が変わります。
【重要】「前の病院で◯◯をもらっていて効きました」がマジックワード!【重要】
既に自分に合っている薬をもらえる確率が高いです。というか医師に依るものの好きな薬がもらえます。やったね!なお、当たり前ですが悪用したら自分に罰(副作用とか)が返ってきます。あくまで希望の薬をもらえやすくするために使ってね

それとここでのもらいかたは私の経験談です。診断名が鬱(抑うつ状態・大うつ病の両方)の後に双極性障害I型、そして幼少期からのアスペルガー(正式な診断を取得中)での範囲です。なので他の方には当てはまらないかもです。
リストをば。

不眠
寝付きが悪い/途中で目が覚めるなどで主に睡眠導入剤や安定剤がもらえます
悪化した症状
何も手がつかない/身体を動かすのが辛い/以前出来ていた事が出来ない/etc→
状況に応じて抗鬱剤向精神薬がもらえます。医師をそれなりに信じましょう。
実はヤバい症状
  • 「すごく元気になりました!先生ありがとうございます」←躁鬱ですね
  • 最近イライラする
  • お金の減りが早い

だらだら書くのも何ですからこの辺りで。 ではではまたまた

コミュ力ドーピング

ご無沙汰してます。ブログって続けなきゃダメなんですけどね。今から書く記事は突っ込みどころ満載なのでコメントお待ちしてます。

とりあえずしゃべる

これが出来れば世話ない!ごめんで済んだら警察いらん!というわけで前段階から入ります。

まずは喋ってる人をひたすら観察する

これをするのはかなりの苦痛を伴います。だから途中で降りてもいいです。なので私の場合の話をしましょう。

私は学校のヒエラルキーの最下層にいました。穢多非人です。いわゆるいじめられっ子に近い存在です。暴力的なのは小学生で終わりましたが、相変わらず発言すると笑われるし、ぐっちょむ菌が伝染る〜みたいなこと言われるみたいな。そういうわけでしくしく泣いたり呪い帳書いたりしてました。で、ゴミみたいな扱いでもいじられキャラみたいなポジションでどっかのグループに属してました。

そうしてるとみんながどんな方法でコミュニケーションを取っているかを観察できるんですよ。私は高校になって一応部活に入ったので、毎日欠かさず行ってました。大学だとサークルがいいかもしれませんね。そこでコミュ充の中でも中心人物の観察をします。そうすると彼か彼女か知りませんがその人がなんで輪の中心でいられるかを学ぶことができます。他にも輪の周辺で特徴的なポジションに居る人を観察するのもありです。

とまぁ、こういう感じでどんな扱いを受けても普通のコミュニケーションを取ってる人にくっつきましょう。辛かったらいくつかのグループを掛け持ちしましょう。運が良ければどこかで居心地のいい空間に出会えるかもしれません

実践編!

さて、コミュニケーションスキルの磨き方には別の方法もあります。それは所謂話しかけてくる店員がウザいところへの凸です。果敢に挑みましょう。服屋とか美容院とか諸々です。私は全身の凝りが酷いので整骨院が練習場でした

とにかく試行錯誤で行きましょう。失敗してなんぼです。死にたくなっても友達を無くしても続ければなんぼです。でも特定のグループとだけ仲良くしてるとそこでキャラというか立ち振る舞いが固定されるのでその時は別のグループに行きましょう

荒くなってしまいましたがこんな感じです。続きはWebで

近頃の私とか

日記みたいなこと書きます。ノンフィクションちょむ子ちゃん

調子とか

こないだまで続いてた躁状態が先週頭くらいにちょっと陰りが出て、それまでも不安定だった精神状態がもちょっと不安定になってました。でも、そういう時どん底に行く前に誰かに話を聞いてもらってなんとかやってこれました。あと気晴らしに散歩したり、物を買ったり、出掛けたり。仕事は丁度いい刺激だったんですが、ちょっと掃除洗濯料理とかが疎かになってたんでそこは反省点ですね。同居人が気をきかせてくれて掃除した時は気分が晴れました。でも、やっぱり無理な時は、合理的に考えた結果死ぬしかない!みたくなるので、1日に20時間寝るみたいな感じになりますね。でも、人との交流は絶やしちゃだめです。そんなの出来るわきゃねぇだろ!って思われるかもですが、よかったら私にでも何か言ってくれると幸いです。ほんと全然力になれませんが、一応話を聞くだけはできるし、嬉しいので。

ていう感じでしょうかね。最近の雑感です

病名のぼかし方とか

自分の病状を伝えるのって難しいですよね。私は躁鬱病なら一応説明できますがアスペルガー症候群だとわからんちーん!というわけで私がやってきたのを大まかにご紹介をば。

初対面の人へのぼかし方

相手がメンヘラじゃない限り、自分が精神疾患を持っていると言うのは抵抗があると思います。かと言って、完全に隠せない時には以下の言い回しでお茶を濁しましょう

  • ちょっと持病があるので…
    これで納得してくれる人が多いです、って思ったけど次の方が汎用性高い気が。
  • 睡眠に支障があって…
    不眠症/過眠症/睡眠障害と言い切っても大丈夫です。鬱病躁鬱病の人って睡眠がままならないケースが多いので嘘ではないかなーと。睡眠障害の人にはちょっと申し訳無いですが。。アスペもには。理解のありそうな人が相手だとこっちの方がどういう人間なのかを察してもらえたりして助かるケースもあります。
  • えっと、私は[鬱病/躁鬱病/統合失調症/発達障害(ASD/ADHD/LD)]です
    熱い!ここまで言える相手がいるのは素晴らしい。仲間同士のところでこそ活きる紹介のスタイルです!でもよほど理解されないと無理ですね、はい。

しばらく付き合いのある人への言い方

  • 私、○○病なんだ
    このあと、それがどういう病気なのか説明することが必須です。そして、相手によっぽど理解が無い限り、善意からの説教が来ることがあるので、そこのとこ注意しましょう
  • ねぇ〇〇病って知ってる?
    これだと自分の病気のことを明かさず相手の出方を伺えます。ただ、どういう文脈で出すかというテクニックが問われます。コミュ力がいりますね。検討の余地があるのでまた別のエントリで書くかもです。

さて病気を明かした後にどうしましょう

とにかく、私はこうしようと思ってどういう努力をするつもりだって言いましょう!どういうつもりかを言わないと納得してもらいにくいっぽいです

それではみなさん楽しいメンヘライフを!